本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
われら、きもつき人
セツばあちゃんのステキな普通の暮らし
2012.10.01(月曜日)     きもつき情報局
いけんしたち、もう90歳じゃっでなぁ(どうしたって、もう90歳だからねぇ)」――まるで寝言のようにそう繰り返す割にはいたって元気なのが、肝付町波見(はみ)に住む東セツさん。今回の「われら、きもつき人」の主人公です。
 
昔ながらの自然とともに暮らす生き方
 
大正10年生まれのセツさん、実は、けっこうすごいおばあちゃんなんです。といっても何かすごい技をもっているとか、そういう意味ではなくて、その暮らしぶりが田舎に住む人から見てもすごいのです。
 
そして彼女の生き方が、いろいろな意味で価値観の転換が求められている今という時代において、ステキな輝きを放っているように思えるのです。
 
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まずは、便利になった世の中とはほとんど無関係に、いまだに(といっては失礼なんでしょうが)自給自足的な生活を送っていること自体が驚きです。
 
もちろん、まったく現代文明の恩恵を受けていないというわけではありません。電気だって、水道だってちゃんときているし、使っています。でも、車もなければ、もちろんインターネットも使わない。だから、お金もあまり使うことがないといいます。
 
要は、文明の利器に頼る度合いが一般の人に比べて必要最小限でしかない、ということです。
 
自宅からすぐ近くのところにある畑で野菜をつくり、基本的にはそれを食べて生活していますし、水は近くの山から湧き出る水を飲み、使っています。水道の水は必要なとき以外、あまり使わないそうです。
 
中でもいちばんびっくりするのが洗濯です。洗濯機は一切使わず(昔、一度だけ買ったのですが、結局それは使うことなく他人に譲ったそうです)、たらいで洗った洗濯物をもって裏山まで上り、そこを流れる小川ですすぎをするのだそうです。
 
もうここまでいくと「自然と生きる」のプロです。
 
とはいえ、さすがに全部を自力でまかなうというわけにはいかず、お米は田んぼを他の人にまかせてつくってもらうほか、ときどきやってくる魚屋さんから魚は買っているそうです。
 
「近所の人は車があるから、それで町の店に行って買えるけど、うちはねぇ......そいでも、魚屋さんが来てくれるから助かってるよ。魚屋さんから買うのは、この辺じゃ、もうわたし一人だね」
 
そうなんです、高齢でひとり暮らしのセツさんには車がないので、ほとんど家の近辺から出ることがありません。町にも、ケガをして病院に行った以外、長いこと行ったことがないといいます。買い物については、ときどき隣に住む甥っ子が町で必要なものを買ってきてくれるといいますが、基本的にセツさんと社会との接点は本当に少ないといわざるをえません。
 
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それでもセツさんはしっかり、元気に生きています。セツさんには自然という強い味方がついているからです。
 
それを象徴しているのが、セツさんの家の後ろに広がる山。豊かな実りをもたらしてくれる山です。
 
おいしい水のほかにも、セツさんたちが昔植えた栗の木や梅の木、みかんの木が季節ごとに花を咲かせ、実をならせ、セツさんの暮らしを助けてくれます。
 
「うちの山は宝の山」――セツさんのいうとおりです。
 
町で評判の孝行娘
 
後ろが山で前は川と田畑。それに挟まれた狭い土地に家を構えているセツさんには、そうした今の時代にはめずらしい自給自足的な暮らしのほかにも「すごいもの」があります。
 
その一つがセツさんの親を思う心です。
 
実はセツさんの母親は20年以上も前に103歳という長寿で亡くなったのですが、それほど身体が丈夫ではなかったという母親がそこまで長生きできたのには、セツさんの真心のこもった介護があったとだれもがいいます。
 
「わたしゃ、母親が40を越えてから産んだ子だからねぇ。だから、大事にせんといかんと思ってしっかり面倒をみたんだよ。その甲斐あって、あの歳まで長生きさせられたよ」
 
100歳が近くなると、さすがに老衰で寝たきりとなり、それからはセツさんがお湯をわかしてタオルで母親の身体をふいてあげたり、満足に食べられなくなってしまった彼女にそれでもなんとか食事をさせたりと、文字通り、献身的な介護で母親の面倒をみたのだといいます。
 
それを聞きつけた町役場からはセツさんに表彰状が授与されています。それほど有名な孝行娘だったということです。
 
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このように町から表彰されるくらい母親を一生懸命介護したセツさんですが、いまや彼女自身が高齢者となり、彼女の面倒をみてくれる人が身近にいないのが残念といえば残念な点です。若いときに結婚はしたものの、いろいろな事情があって実家に戻ってきたセツさんには子供がいないのです。
 
でも、セツさんは昔から自主独立の気性をもった人だったようで、衣類の既成品がまだ出まわっていなかったころなど、裁縫の技術をいかして着るものを自分でつくり、中には「売ってほしい」といってセツさんがつくったものを買っていく人もいたそうです。昔にはめずらしかった「自立した女性」だったのでしょうね。
 
そういう気性だからこそ、90歳になった今もひとりで気丈に生きていられるのかもしれません。
 
90歳の自然児
 
さらに、もう一つの「すごさ」はセツさんの健康です。
 
実はセツさん、骨折などのケガ以外に医者の世話になったことがないのです。背筋も割とシャキッとしていて歩きも達者。さすがに歩きのスピードは遅いですが、裏山を今でも平気で上り下りしています。山菜をとりに行くのはもちろんのこと、お風呂をわかすためのマキなども山にとりに行きます。
 
実際、セツさんの家には、母親を介護したことで受けた賞状の他にもたくさんの賞状が飾られていて、そのうちの多くがセツさんの健康をたたえるものです。健康でいるから医療費がかからず、それは町の財政にとってもいいことだからです。町がセツさんに賞状を贈るのも当然のことです。
 
とにかく、セツさんの元気さにはただただ感心するばかりです。
 
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あれは去年の秋、セツさんの家を訪れ、裏山に栗をひろいにいったときのことです。セツさんにことわり、一人で山に上って栗をひろうつもりが、セツさんが後からやってきて栗ひろいを手伝ってくれました。
 
そのときのセツさんの足腰の達者ぶりには、ほんとうに驚かされました。若い人でも上るのが難しそうな山の斜面を杖を使ってではありましたが、ひとりで上っていくのです。思わず、「セツさん、危ないですから、そんなところを上らなくてもいいですよ」と声をかけたくらいです。
 
その姿を見ていて思い浮かべた言葉が「自然児」。90歳のおばあちゃんに使う言葉ではないかもしれません。でも、セツさんにはそれがとても似合うのです。
 
「ばあさまは100歳を超えるまで長生きしたんだから、おばさんもきっと100歳まで生きられるよ」というと、「そんなことはないさ。そこまで長生きはしたくないね」と答えるセツさんですが、これだけ気丈なセツさんのことですから、きっと長生きしてくれるに違いありません。
 
山と海に近い集落に住む、この90歳の自然児には、ぜひもっと長生きして、自然とともに生きることの意味と実践を若い世代に見せてもらいたいと思います。
 
セツさん、また遊びに行きますから、お話を聞かせてくださいね!



※東セツさんは2015年1月に永眠されました。ご冥福をお祈りします。 

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