本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
われら、きもつき人
きもつきで見つけた「桃源郷」に暮らす 後編
2013.07.10(水曜日)     きもつき情報局
平石さん夫婦が土地を購入したのは移住する10年以上も前の平成元年。当時、家の前の道路はまだ砂利道だったそうです。今では道路事情がよくなり、故郷の田代にも30分足らずで行くことができますが、当時は1時間ほどかかったといいます。

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澄んだ海と砂浜が美しい辺塚海岸までは歩いてすぐです

平成11年から家を建てることになり、建築工事の間、承一郎さんは田代から通いながら周辺の竹やぶを払い、庭や畑づくりに取り掛かったそうです。実家から持ってきたヒトツバやサルスベリ、友人から贈られたブーゲンビリアなどを植えたり、見晴らし台や椅子をつくったりして、移り住んでからも少しずつ手を加えていきました。

山からのわき水を引いている貯水タンクにつけたろ過装置も、自分で改良したといいます。そうしてつくられた庭や畑には鳥の声が響き渡り、グミやウメ、ザクロ、ユズなどさまざまな樹木が植えられ、季節ごとに花や実をつけています。

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鮮やかに咲くザクロの花

道路脇の畑はサルやイノシシに荒らされることもあり、取材したときは「サルに食べられてしまう前に」と早めに収穫したニンニクが軒下に吊り下げられていました。

「サルは人間の食べるものなら大抵食べます。でも、サルにもサルの事情があると思えば腹は立たないですよ」と承一郎さんは悠然としています。養蜂もしていて蜂蜜を採っていますが、さすがにこれにはサルも手を出さないようです。

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木陰に置かれたミツバチの巣箱

このように自然豊かな、人が少ない土地で悠々自適の暮らしを送る夫妻。だからといって人嫌いなわけではありません。「人が訪ねてくるのも楽しければ、訪ねて来なくても勉強ができるから楽しい」と承一郎さんはいいます。

あいにく幸子さんはこのところひざを悪くして歩くのに苦労しているそうですが、足が達者だったときには、自宅前の坂を下ったところにある辺塚の集落をよく訪れては、地域の人々と交流を深めていたそうです。

「今はひざが痛くてなかなか行けなくて」と、本当に残念そうです。

人との出会いを大切に

人が多い首都圏での暮らしも嫌いではなかったと承一郎さんはいいます。

「人が三人いれば必ず一人は師になる、学ぶものがあるというような意味の言葉が論語にあるんですよ(『三人行、必有我師焉』)。ですから、人がいればいるだけ先生がたくさんいるわけです」

都会暮らしをしていたときの承一郎さん、たくさんの師を見つけて、その師からさまざまなことを吸収していたのでしょうね。

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辺塚海岸を見下ろす庭に立つ平石さん夫婦

そんな前向きな承一郎さんのことを幸子さんは「自分とは違う」といいます。

「わたしはくよくよするタイプなのだけど、この人は悪いことがあってもいい方向へと考えることができて、すばらしいと思いますよ」

幸子さん自身も首都圏で暮らしていたとき、近所で親しくしていた友人たちとは今も交流を続けており、ときおり東京や横浜に住む子供さんを訪ねたときなど、昔の仲間と会って話すといいます。

そんな都会と違い、今の環境ではあまり人との出会いのチャンスはないわけですが、それでも承一郎さんは万が一だれかが訪れてきたときのために、新聞や雑誌をこまめにチェックしては気になる本を購入しているといいます。「訪れた人との話が長続きするのがいいですから」というのが理由です。

最近買った本を見せてもらったところ、時事問題から科学、哲学、文学などジャンルが多岐にわたっています。同じように音楽もジャンルを問わず聞くそうです。

ときには「勉強ばかりして」と幸子さんから怒られることもあるそうですが、これも承一郎さんが若さを保つ一つの秘訣なのでしょうね。

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承一郎さんが読んでいるさまざまな本

そんな夫妻のもとには、近くの小中学校のALT(外国語指導助手)もよく訪ねてくるそうで、承一郎さんは1回につき英単語を一つずつ教えてもらっているといいます。

ちなみにALTの間で平石さんのことは知れ渡っているようで、先日も新たに赴任したALTが「前任者から紹介されました」といって訪ねてきたそうです。好奇心たっぷりで相手思いの人柄ゆえに承一郎さんや幸子さんを慕ってくるのでしょうね。

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幸子さんお手製の漬物と自家製のはちみつ

辺塚という、町の中心部から遠く離れた辺境の地に住む承一郎さん、「不便というのは私にしてみれば幸せなことなんですよ」といいます。

「たとえば道具がなければ、それを自分でつくることも楽しみであり、生きている証です。便利なことだけが幸せとは限りません」

幸子さんも「たまに横浜などへ出かけると便利だなとは思うのですけど、やっぱり田舎がいいです。都会では人付き合いもなかなか踏み込めないところがあって難しいけれど、田舎ではだれとでも親しくなれて友達をつくれますから。若い人がいないのは少しさびしいですけれど、もう都会暮らしはできませんね」といいます。

町から離れた辺境の地で退屈するどころか、読書に和歌の勉強、畑づくりに庭の手入れと、手と頭を休める暇がないくらいに忙しい日々を送っている承一郎さんと幸子さん。美しい自然に囲まれ、穏やかに暮らす夫婦にとってはこの辺塚の地こそが、陶淵明がうたった「桃源郷」そのものなのかもしれませんね。

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