本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
コラム(アーカイブ)
必要なのは覚悟を決めたよそ者
2013.11.22(金曜日)    有留修(ありどめ おさむ)
地域の活性化において必要なのは若者、ばか者、よそ者だと、よくいわれます。

このうちの「よそ者」については、要するに地元人だけだと視点が限られてくるので、通常とは異なる視点を持った人たちがかかわる必要があるということです。

でも、です。生まれ故郷に戻ってきてからいろいろな人と出会い、話すなかで、どうもことはそれほど簡単ではないと思うようになってきました。

今回のコラムでは、この「よそ者」に限って、最近考えていることを書いてみようと思います。ある種の問題提起として読んでもらえると幸いです。

土地の言葉を覚える努力

幸いなことに、というべきか、ぼくの住む大いなる隅っこの町にも、よその土地から移り住んできた人たち、「よそ者」がいます。いわゆるIターン組ですね。人口減に歯止めをかけてくれている、ありがたい人たちです。

それに加えて、ぼくのように生まれたのはこの町であっても、その後地元を離れて何年かぶり、あるいは何十年かぶりに戻ってきたUターン組もいます。「半よそ者」とでも呼べる人たちでしょうか。

Uターン組はもちろん、Iターン組の中にも、正真正銘の「よそ者」であるにもかかわらず、移り住んだ地域を気に入り、その地域の活性化のために動いてくれている人たちがいます。

ぼくが今回のコラムでとり上げたいのは、この場合の本気度です。

まずは、ちょっと地域を離れて、海外の話をしましょう。

ぼくは今までアメリカとイギリス、そして中国に住んだわけですが、当然のことながら、現地では現地の人が話す言葉を話せるように努力しました。

「不幸」なことに、中国の場合は、住んだところが上海という中国を、というより今やアジアを代表する国際都市であったために、まわりに日本語や英語の話せる人がたくさんいて、通常は友人や知人とは日本語か英語で話すことが多く、結局、ぼくの中国語はあまり上達することがありませんでした。6年も住んで、いまだに日常会話の域を出ていません。ほとんど難しい話はできません。

これは、ぼくの中国体験の後悔のひとつになっています。

それはともかく、それ以外にもこれまでに数多くの国や地域を訪れたなかで、その土地が気に入り、何度も何度も訪れたところがあります。

それは学生時代にテレビ制作会社のバイトで訪れて気に入った東南アジアのタイだったり、大学院時代の友人が働いていたフィリピンだったり、最初の中国語の先生が台湾人だったせいで台湾といった国や地域でした。そのほか、アメリカは当然として、ヨーロッパだと、大学の第二外国語でフランス語を履修していたこともあってか、フランスは複数回訪れています。

訪れた回数からいうと、タイやフィリピンが多かったのではないでしょうか。それぞれ通算で7、8回にはなると思います。

現地に友人か知り合いがいたほか、ビーチリゾートが大好きなぼくにとっては、まさにパラダイスと呼べそうなリゾートがたくさんあったからです。今でもタイのサムイ島やピピ島、フィリピンのエルニドやクラブパラダイス、ボラカイなどで見た美しい風景が脳裏に焼きついています。

そのときはまったく意識していませんでしたが、そうした「リゾート体験」が今の仕事にも大なり小なり、つながっているような気がします。

20131118_boracayboy.jpg
フィリピンのボラカイ島で出会った陽気な少年

そうした場所に何度も行くうちに、当然、現地の人と話をするためにタイ語やタガログ語を勉強しようとしたものです。別に住むわけではないですから、それほど本気だったわけではありません。それでも「郷に入れば郷に従え」ではないですが、できるだけ現地の人と現地の言葉で話をしたいと思ったものです。

また、それとはもう少し深いというか高い次元でいけば、海外青年協力隊の隊員がいわゆる発展途上国と呼ばれる地域に派遣されて働く場合は、なおさらのこと現地の言葉を学ぶ必要があると思われます。

少しでもいい仕事をするには現地の社会にできるだけ入り込む必要があるでしょうから、現地の人たちが話す言葉を使えるようになるということは、とても重要なことです。

よそ者の「本気度」チェック

それとの比較でいくと、鹿児島弁が「標準語」である、この地において、そこに越してくる人たちがそういう努力をしているかというと、ほとんど見たことがありません。

ある年配の人いわく、「興味はあるんですが、難しすぎて」――それはそうかもしれません。日本の方言のなかでも鹿児島弁は特に難しいもののひとつといわれますからね。日本の中の外国語、かもしれません(ぼくらからすると、沖縄の言葉や東北地方の言葉だって外国語のようなものですが......)。

それにこちらでも標準日本語が通じるわけですから、あえて難しい鹿児島弁を学ぶ必要はないでしょう。また後で述べるように言葉を学ぶうえでの能力というか適性の問題もあって、すべての人が鹿児島弁を学べるとは思いません。

確かにハードルは高い。

ところが、こちらの言葉を学ぼうとしている「よそ者」が確かにいることを、しばらく前の新聞記事で読み、びっくりしました。そして、その記事がきっかけとなり、今こうして書いているように「よそ者と鹿児島弁」ということについて考えるようになりました。

そういえば、彼女のようによそ者でありながら鹿児島弁を(まるで外国語であるかのように)真剣に学ぶ人なんて、聞いたことないなぁ。海外に住むとなれば、やっぱり現地の言葉を学ぼうとか学ばなければ、という気にはなるのに、どうして田舎だとそうならないのだろう――そういう思いが強くなってきたのです(もちろん、海外であっても、現地に溶け込もうという気のない人は現地の言葉を学ぼうとはしません)。

その記事(9月4日付の地元紙の「サロン」という小さな囲み記事)で紹介されていたのは隼人加織さんという若い女性。霧島市在住で第6代霧島ふるさと大使です。あとで調べたところ、本業はミュージシャンだそうです(ごめんなさい。最近の音楽シーンはフォローしてないので、あなたのことは知りませんでした)。

それはさておき、その記事によると、彼女は富山県出身ながら2年前に観光で鹿児島を訪れた際に「自分の中に流れる血と遠い先祖の魂が共鳴した」とのことで昨年夏に霧島市に移住したのだといいます。

そして、「1年余りで習得した鹿児島弁のイントネーションと笑顔で」ふるさと大使としての仕事をこなしていると、その記事はつづっていました。

実際に彼女の話す鹿児島弁を聴いたことがないのでなんともいえませんが、さぞかし「みごちかごっま弁」(美しい鹿児島弁)を話すに違いありません。

これはいくつかの外国語を学んだ自分の持論でもあるのですが、正直、音感の悪い人が外国語を習得するのには大きな困難が伴います。音感が悪いということは耳が悪いということですから、外国語の音を聴き分けることが難しいからです。彼女の場合はミュージシャンだけに、鹿児島弁に独特のイントネーションやアクセントをとらえるのは朝飯前かもしれません。

とにかく、よそ者でありながら、鹿児島にほれ込み、鹿児島に移住し、鹿児島弁のイントネーションまでマスターしてしまう人がいたなんて、初耳でした。それは地元の人にしてみれば、とてもうれしいことであり、彼女の鹿児島に対する本気度がうかがえます。こういうよそ者は大切に、大切にしなければなりません。

でも、それってやっぱり例外中の例外なんですよね。

いえ、こちらに移住してくる人の全員に対して、そうしなさいとか、そうすべきだといっているわけではありません。奥さんが、旦那さんが「たまたま」こちらの人だったので、鹿児島県内に移り住んだという人も少なからずいるでしょう。そういう人には高い要求はしません。する必要もありません。

彼らのモチベーションは何なのか

でも、「鹿児島が好きで地域の活性化のためにがんばっています!」と声高にいっている人が鹿児島弁のひとつも覚えない、覚える努力をしないというのは、それはおかしいと思うわけです。あいかわらず標準語(東京弁)で地元の人たちに接しているのを見ると、どうも「東京が上」的な視線を感じてしまうわけです。

そういう姿勢は、とても現地に溶け込もうとしているようには思えないのです。本当に地元の人たちといっしょになって地域を再生したいのであれば、当然、少しくらいは彼らの言葉を学ぶべきだと思うのです。少なくともその努力の姿勢は見せてもらいたいものです。

そうでないとしたら......何が目的なのか......

正直、田舎によそ者が移ってきて村おこし的な活動を始めるとメディアが飛びつく可能性があります。実際、そうだろうと思います。でも、彼らはどういう目的でそれをしようとしているのか?それを吟味する必要があると思うわけです。

結局、まわりがちやほやしてくれるし、自分の名声を高めたいだけなのか?自分の価値観を押しつけようとしているだけなのか?単に金を稼ぎたいだけなのか?――そういうことを判断するうえで、「現地の言葉を覚えようとする努力」というのは、ひとつの重要な指標になるような気がします。

要は、地方に移り住んできて村おこし、地域の活性化と叫んでいる人たちのすべてが本物だとはいえないということです。いいよそ者もいれば、そうでない者もいる。本気印の者もいれば、そうでない者もいる――至極当然のことです。

ですから、地元人であるわれわれとしては、移り住んでくる人たちの質や彼らの本当の目的を見極めながら、本物を見つけ出し、そういう人たちと協力しながら、この町を活性化していく必要があると思うわけです。

中途半端な入り込み方で、自分のことだけを考え、地域のニーズを無視する、あるいは、最悪の場合、地域を食い物にしようとするよそ者などは地域には要らないのです。もちろん、それはよそ者に限った話ではなく、地域活性化を叫ぶ地元人の中にも、本当は地域のことより自分の利益を考えてやっているような人もいます。そういう輩も願い下げです。

おそらく地元の人たちもバカではありませんから、時間がたつにつれて、そのことはおそらくわかってくるでしょう。すると、本物でないよそ者は地域から相手にされなくなるに違いありません。最終的にはいづらくなることでしょう。

残ってもらいたいのは、あくまでもいいよそ者です。地域に本気で溶け込もうとしないよそ者など要らないのです(ただし、地域に溶け込もうとしても、さまざまな理由でなかなかそうできていない場合もあります。地域自体の閉鎖性という問題もあるかもしれません)。

覚悟を決める

繰り返しますが、これって結構高いハードルです。それはわかります。

でも、これは、ぼくが6年間暮らした中国でも同じでした。中国でちゃんとした商売をしようと思っている人に要求されることと同じなのです。つまり、「あんたは中国と本気でかかかわる覚悟があるのか」ということを絶えず問われていたわけです。

残念ながら、ぼくにはその覚悟がなくて帰国したわけですが、よそ者が知らない土地に移り住んで地域を活性化することも同じなわけです。そんな簡単に地域を活性化なんてできっこないんです。それ相応の覚悟が必要なわけです。

田舎の現実と格闘する場面が少なからず出てくるはずです。思い通りにいかないと、ついつい「やっぱり田舎は遅れている、こっちの人はよそ者を受け入れないからダメだ」なんていう「逃げ口上」をいいたくなるかもしれません。非常に厳しい言い方ですが、しかしながら、それは結局「逃げ」だという気がします。

20131107groupshot.jpg
地域活性化をするには地域の人たちと本気でつきあう覚悟が必要
(限界集落の住民同士による交流会で撮影した記念写真)

ぼくの場合、幸いなことに、ここで生まれ育ったわけですから言葉の問題はありません。でも、地域に本当に根づいて活動しているかというと、残念ながら、そうではありません。まだ、どことなく浮草的な感覚があるように思います。

いつまでもそれではいけません。

ですので、来年あたりはもっと地域に入り込む努力をして、もっと自分の中で本気度をアップする必要があると感じている今日このごろです。

そうでなければ、本当の地域活性化なんてできっこないですよね。

覚悟を決めないと。

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