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コラム(アーカイブ)
日本民族のルーツ、大隅を探る
2013.09.06(金曜日)    中川十郎(なかがわ じゅうろう)
肝付町(旧高山町)出身で東京在住の中村敏矢氏が3か月に1回のペースで開催しておられる「仲良し会」という郷土史研究会があり、8月11日、同会とその後の懇親会に参加してきた。

会場は後楽園にある旧水戸藩の由緒ある「函徳亭」。日本間の部屋からはきれいな庭園も一望できる東京都心の抜群の立地にある。

今回は「甦れ、大隅の大地 ~日本民族のルーツを探る物語より~」と題し、立正大学、早稲田大学出身の郷土の歴史研究家・野田千尋氏が著した『佐多岬』を中心に研究した。参加者は大隅半島出身者を中心に8名であった。

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本土最南端に位置する佐多岬

野田氏の研究によれば、日本民族の原型はポリネシアでヒワ島の伝説の酋長マツアの息子ナギオと島の娘ナムーナが小舟で島を脱出し、黒潮の流れに乗り、ワニの親子に助けられ、佐多大泊に上陸。部落の長、イリガに助けられ、寛大な先住民との出会いで佐多に居住を定め、その際、稲穂も持ってきたとされる。

ナギオは大泊部落の後方、大輪島南方の「おごん瀬」の石磯で禊(みそぎ)をされ、イザナギノミコト、イザナミノミコト、天照大神が生まれた。かくして大泊で穏健な海洋民族と、小柄ながら寛大な先住民の出会いで、混血、融和が進み、平和的日本民族の祖先が誕生したという。
   
大洋民族の航海技術、稲を持ち込み、優れた体格で先住民を圧倒しながら混血、融和が繰り返され、やがて邪馬台国に発展し、九州全域を統括するに至ったと野田氏や中村氏は推測しておられる。

佐多周辺の神話、伝説、遺跡などは野田氏によると下記がある。

1) おごん瀬:イザナギノミコトが禊をされたところ
2) 降臨石:天照大神が誕生されたところ
3) 天の狭田,長田:イザナギノミコトが稲の種をまかれたところ、水田
4) 御崎神社:御崎山中にあり、イザナギ、イザナミ、他御子6神を祀る
5) ワニ親子伝説:イザナギノミコトたちをフィリピンから大泊に導いたとされる
6) 近津神社:佐多郡部落にあり、天照の居住跡とされる
7) 浜下り神事:イザナミノミコトが春と秋に天照を訪ねられていたとされる

佐多には平家落人の子孫も多く、また島津時代には薬草園もあり、本土最南端で熱帯植物も多く、肝付町の岸良、辺塚にも近い。歴史探訪、観光客誘致など、佐多との広域観光地域として肝付町が佐多との協力を強化されることを提言したい。

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佐多岬から望む開聞岳

さらに、この研究会に参加された曽於市(旧末吉町)出身の増田博美氏は東京に2011年3月「(株)南九州開発機構」を設立され、南九州の産業、農業、環境、観光、健康、高齢者専用サービスホテルなどアジアの東ユートピア構築に心血を注いでおられる。

肝付町としても21世紀の町づくりに同社と提携、協力されんことを切望したい。

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