本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
コラム(アーカイブ)
地域を輝かせるのは結局、人なのだ
2013.05.02(木曜日)    有留修(ありどめ おさむ)

ひとつまた地域の灯=宝が消えてしまいました。

 
美しい海岸とのどかな農村風景がとてつもない魅力となっている地域、肝付町辺塚(へつか)に住む田畑キミさんが先日、亡くなったのです。87歳でした。最低でも、あと5年はがんばってほしかった、本当に惜しい死です。
 
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ありし日の田畑キミさん(右)
 
今回はこれまでお世話になったキミさんに少しでも恩返しするつもりで、彼女のための追悼文をしたためることにします。よろしければお読みください。
 
ぶっきらぼうな中に見え隠れするやさしさ
 
さて、そのキミさんとの最初の出会いは今でもよく覚えています。
 
その前に、ぼくが初めて辺塚の地に足を踏み入れたのは、手元の写真を調べてみると、帰国してから間もない2007年の5月7日、午後4時半ごろとなっています。帰国して故郷に復帰してから何人かの人に、「辺塚に行ったことがあるかい?なかったらぜひ行ったほうがいいよ」といわれ、自宅から車を1時間ほど走らせて訪れたのでした。
 
そこで目にしたのは、手つかずで汚されていない紺碧の海と粒の大きい砂、そしてその風景と隣合わせでひっそりとたたずむ小さな集落――実に懐かしくて心癒される光景でした。
 
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初めて目にした辺塚海岸の美しさに感動
 
すると、その感動がよほど大きかったのか、その5日後には再び辺塚を訪れています(写真の記録による)。
 
前回の夕方と違い、訪れたのはお昼ごろです。真昼の太陽がさんさんと海や山、集落に注ぎ込む時間帯です。前回以上に美しい光景を前にして、2度目の感動を覚えたのでした。
 
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この美しさには素足が似合う?!
 
その2度目の訪問のときでした。キミさんと出会ったのは。
 
車を集落のほぼ中心にある集会所の横の広場(といってもそんなに広くないスペースですが)に停めて、その出入り口から出ていくと、すぐそばにある民家の脇に腰掛けているおばちゃんが声をかけてきました。
 
「あんたは、どっかいきたのね(どこからきたんだね)」(今も彼女の声が頭の中で聞こえてきます!)
 
それがキミさんと交わした最初の会話でした。
 
ちょっとぶっきらぼうな語り口ではありますが、とても人懐っこそうな表情を浮かべて話しかけられて悪い気はしません。
 
そこから彼女との交流が始まり、それは辺塚を訪れるたびに繰り返され、結局、キミさんが鹿屋市内の病院に入院するまで5年ほど続くことになりました。
 
いったい何度辺塚の地を訪れ、何人の人を彼女のところに連れていったのか。
 
日本人はもちろんのこと、ドイツ人やオランダ人といった外国人も連れていきました。辺塚に行くと必ずキミさんの家を訪ねて、キミさんが入れてくれたお茶や出してくれたお茶菓子を味わいながら、彼女ととりとめもない話をするのが本当に楽しかったです。
 
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遠方からお客さんを連れて行ったときにはお面をつけて踊りまで披露してくれたキミさん(中央)
 
そうなると、もちろん辺塚の美しい風景を味わいたいという思いもあるにはあるのですが、どちらかというとキミさんの顔を見に行くことがもっと重要になったような気がします。
 
何度か訪れているうちに語り口がますますぶっきらぼうになり、「また来たとか」なんていわれると、逆に彼女に受け入れられたような気がしてなおさら気分がよくなったものです。
 
聞くと、彼女のご主人はすでに他界し、子どももいません。昔は、ご主人といっしょに出稼ぎに出て、飯場ではみんなのためにご飯をつくっていたことも話してくれました。
 
行くときまって、「(病気入院している)母ちゃんの具合はどげんか?(お母さんの具合はどうか?)」「嫁さんはまだ見つからんのか?」と、まるで家族の一員になったように心配してくれます。
 
ぶっきらぼうな中に秘められたやさしさをぼくは感じるのでした。
 
自宅が地域の集会場
 
彼女のいる辺塚に住んでいるのは平均年齢が80代のお年寄りだけです。男性が極端に少なく、キミさんのまわりにいるのはおばあちゃんがほとんどでした。そのお年寄りの集まる場がキミさんの家なのです。まさに集会場でした。
 
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このような風景がもう見られなくなるのでしょうか......
(キミさん宅の脇でお茶する近所のお年寄り)
 
お茶の時間になると、近所からお年寄りがキミさんの家に集まってきて、お茶を飲み、お菓子を食べながらだべっています。そんな場面に何度出くわしたことか。いわば、キミさんが地域の磁石になっていたのでしょうね。
 
集会所の隣という地理的な要因もあったのかもしれませんが、それよりも何よりもキミさんの人柄が関係していたのではないでしょうか。地域の中心的存在になるだけの姉御(あねご)的なキャラクターの持ち主だったのかもしれません。
 
言い換えるなら、地域を照らす灯火のような存在です。
 
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辺塚の実質的な茶館・カフェとして機能していたキミさん宅(中央がキミさん)
 
キミさんが入院してからも何度か辺塚には人を連れて行っていますが、彼女のいない辺塚は以前の辺塚とはまるで違います。なんといえばいいのか、灯が消えてしまって、なおさら寂しい雰囲気が漂っているのです。
 
本当に残念ですし、人がいなくなり、あれだけのステキな地域がすたれていくのを見るのはしのびない気がしてなりません。地域が地域として魅力を発するには、やはり魅力的な人の存在が不可欠だからです。
 
また、あれだけ気になっていながら、入院先の病院にキミさんを見舞いにいかないまま彼女が亡くなったことが残念というより悔しくて仕方がありません。
 
なぜ、見舞いに行かなかったのか......悔やまれてなりません。
 
新しい灯をともす努力
 
ただし、希望がないわけではありません。
 
キミさんのお通夜に行ったときのことです。以前一度だけお目にかかったことのあるキミさんの妹さんと話す機会があったのですが、彼女の口からうれしい言葉が出てきたのです。
 
「これからは月に1、2度はあの家(キミさんの家)に戻ろうと思っています。そして、何年後かには、あそこに住もうと思っています」
 
つまり、妹さんがキミさんなき家の新しい主として辺塚の住人になるということです。となれば、消えかけていた辺塚の灯に再び明かりが戻ってくることになります。
 
これは本当にうれしい知らせです。
 
妹さんがあの家に住めば、気さくな人柄ゆえに、キミさんと同じように辺塚を訪れる人々を迎え入れ、そしてお茶と漬物、お茶菓子で歓待してくれるに違いありません。
 
ですから、キミさんには安心してもらえそうです。妹さんが辺塚の灯をちゃんと守ってくれるのですから......
 
キミさん、これまでよくしてもらって本当にありがとうございました。あなたはいなくなるけど、妹さんがあなたの代わりを務めてくれるでしょうから、ぼくもまたいろんな人を辺塚に連れていきますよ。それを天からたまには見下ろして、「今度はどこの人を連れてきたんだ」とか「おい、母ちゃんの面倒をしっかりみろよ」とか、いつものように声をかけてくださいね。
 
お願いしますよ。
 

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