本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
コラム(アーカイブ)
高知の若者とセツばあちゃんと宇宙の原理
2013.02.25(月曜日)    有留修(ありどめ おさむ)
昨年暮れ、一通のメールがきもつき情報局宛に届きました。
 
メールの差出人は高知で農業研修を受けている井阪君という23歳の若者。きもつき情報局のウェブサイトに掲載されたセツばあちゃんの記事を読み、彼女の暮らしぶりに大きな興味を覚え、そして「セツさんにお会いして学ばせていただきたい」という内容のメールを送ってきたのでした。
 
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セツさん(左)と一緒に記念撮影
 
もちろん、単に彼女と引き合わせるだけなら問題はまったくありません。これまでにも何人かの人を彼女のもとに連れていっていますし......
 
ただし、この「学びたい」についてはよくわかりません。いったいどうやって91歳のおばあちゃんから学ぼうというのか。彼には、そのことを問う返信メールを送ることにしました。すると、彼からの返信メールに書かれていたのは、「研修が終わったら彼女のところに住み込んで、彼女からいろいろ学びたい」という、普通常識では考えられないような要望というか希望です。
 
それだけ彼が真剣だということなのでしょうが、赤の他人、しかも男性が、いくら年寄りとはいっても一人暮らしのおばあさん宅に同居するなど、はっきりいって論外です。まずは彼の氏素性がわからなければ、先には進めないので、とりあえず履歴書を送ってくれるように頼みました。
 
すると、しばらくして彼から郵送されてきた履歴書を見て二度目のサプライズがありました。出身は高知ではなく横浜で、早稲田大学で物理を学んだ後、農業の世界に飛び込んだことが記されていたからです。
 
履歴書に貼られていた写真を見ると、23歳にしてはかなりの童顔で、「いったい、この幼顔でやさしそうな若者は何を考えて、セツさんに会いにきたいといっているのだろうか」と、彼に対する興味がふつふつとわいてきたのでした。
 
念願のセツばあちゃんとの対面が実現
 
そんなやりとりを経て、意外と早く、彼が実際に当地にやってくることになりました。1月の9日の夜に到着して、10日の丸一日を使ってセツさんと面会し、そして11日の早朝の便で戻るという「強行スケジュール」です。
 
10日の午前10時、事務所にやってきた井阪君を連れて、さっそくセツさんに会いに行きました。
 
セツさん宅の庭に車を停めると、セツさんはその庭の片隅でひなたぼっこをしていました。突然現れた二人にちょっとびっくりしたような表情を見せたものの、彼女の脇に腰掛けて話しかけるとすぐにいつものセツさんに戻り、話をすることができました。
 
「実はね、セツさん、この人はセツさんに会いたいといってわざわざ高知からやってきたんだよ」
 
「ふーん、そうかね」
 
いちおう、それだけは伝えましたが、普通に普段通りの暮らしをしているセツさんには事情を説明したとしても、理解できないのが当たり前でしょう。「彼はあなたの暮らしぶりから日本人の昔ながらの知恵や生き方を学びたいと思って、ここに来たんですよ」なんていう野暮な説明は省いて、とにかく、彼女と話をすることにしました。
 
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ひなたぼっこをしながらセツさんの昔話に耳を傾けます
 
言葉の問題があるせいか、また初対面なので緊張しているせいか、「君もどんどん聞きたいことがあれば聞きなよ」というのですが、なかなか言葉が出てきません。なので、もっぱらぼくがセツさんに質問して、それを彼に聞いてもらうというスタイルをとることにしました。
 
結局、1時間以上、彼女とのたわいもない昔話を彼は聞くことになったわけですが、正直、それだけの時間で何か意味のある触れ合いはできたのか――ぼくは少し不安になりました。
 
なので、彼女の家を出てから聞いてみました。
 
「それで、セツさんの話は理解できた?」
 
「うーん、20%くらいですかね」
 
「そりゃそうだろうね。方言だし、しかもお年寄りの言葉は、ここに生まれ育ったぼくらのような人間にとってもわからないときがあるからね」
 
言葉という点からはわからなかったのでしょうが、幸い、その後の彼との会話から伝わってきたのは、彼がセツさんとの出会いから確実に何かを感じとったということです。
 
いったいそれは何だったのか。
 
ぼくが説明するより、彼自身の言葉で語ってもらうことにしましょう。
 
地域の風土に根ざした自然な暮らし
 
以下は、今月(2月)初めに彼から送られてきた「感想文」の抜粋です。ぜひお読みいただき、23歳の都会育ちの若者が、きもつきという田舎町でひっそりと一人暮らしする老婆と出会い、何を思い、何を感じ、何を学んだのかをみなさんにも感じとっていただければ幸いです(原文をそのまま掲載)。
 
僕は昔の日本人の暮らしにずっと興味があり、生活の知恵・あらわれている精神性はどういうものなのか、直接知りたいという思いが自分の中に大きくありました。セツさんの記事を読んで以来是非セツさんにお会いしたいと思い、有留さんにご連絡したところ、快くご協力をいただき今回肝付町を訪問させて頂きました。
 
初めて訪れた肝付町はなにか新しいエネルギーが集まっている場所でした。古代と現代的な感性が融合して新しい感性・価値が生まれる町、そんな印象を持ちました。一日だけではとても把握しきれていないのですが、町並み、自然環境、町の人々、いずれからもすごいエネルギーを感じました。
 
セツさんはとてもやさしく朗らかなおばあちゃんで、あたたかな包容力があって、昔の話、最近の話、お母さんの話、機織りの話、山の話......色々な話をして下さいました。僕は終始なぜか懐かしさと心地よさを感じていました。
 
時間がゆるやかで、日々を楽しんでいらっしゃる。肩肘張らない自給自足的な生活、それが生来当たり前のこととして生きてこられて、お話を聞いていても、生活環境を見ても、自分の手の中に自分の暮らしがあるようでした。
 
衣食住全てが、自然に近く地域固有の風土に根ざしている。
 
だから祈りや祭りが今でもずっと近くにあります。山の神様・水の神様。生活そのものが祈りになっていたんだな、と感じました。それは素直な喜びや感謝の表現であったと思います。僕はセツさんにお会いできたことでその心・感性を直接受け取ることができました。大変貴重な機会をいただき本当にありがたく感じています。
 
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彼がもってきたお菓子をほおばるセツさん
 
田舎の地方・地域在住の方で「ここにはなんにもない」とか「つまらないところ」とお思いの方もいると思います。でも僕から見るとなにもないどころか多くの生き物・人・自然とつながっていてエネルギーが感じられる場所です。多くの存在とつながっているから助けあえるし、支えあうことができます。そうしたつながりの中で育まれた地域固有の豊かな文化・伝統があります。
 
僕は素晴らしい土地が日本各地にあると思っています。今回の訪問でその思いを強くするとともに、日本中の人が自分の生まれ育った地域の素晴らしさに気づいてくれればいいな、と思います。
 
今世間でもだんだんと田舎・自然、日本古来の暮らしの良さが見直されつつあります。
 
昔はそんな暮らしや文化が当たり前すぎて比較できなくて、その良さや価値に気づかず簡単に手放したり、新しいものに置き換えてきてしまいました。
 
その代償と引き換えに今僕たちはその価値を認識・実感することができます。
 
価値あるものを再び取り戻すことができれば今度は簡単に失われることはないだろうという希望を僕は持っています。(後略)
 
 
どうです、みなさん?
 
これを読んでぼくは心地よい感動を覚えたのでした。
 
日本の将来は決して暗くない!
 
最後に、彼の履歴書を見ればだれでもたずねるに違いないことに対する彼の答えを紹介することにします。ぼくはこの答えを彼から直接聞いた際、心地よい驚きとともに日本の将来に対する希望を感じました。
 
「みんなからさんざん聞かれたとは思うけど、なんでまた早稲田の物理なんていうエリートコースを歩むような人間が、いきなり農業をやろうと思ったの?」
 
「ぼくが物理を専攻することにした理由は、物理を学べば、宇宙の根本原理というか宇宙の核心に迫れるのではないかと思ったからです。でも2年間学んで思ったことは、必ずしもそうではないということです。農業を選んだのは、『ああでもない、こうでもない』といって理論をいじる学問の世界よりも、自然、土と直接かかわる農業のほうが、もっと直接的に、直感的に宇宙の原理に迫ることができる、それを理解できるのではないかと思ったからです」
 
どうです?これを聞いてぼくは心の中で「うーん」とうなってしまいました。あの童顔に似合わず、実にしっかりした考え方の若者だと思いました。
 
みなさんはどうお感じになったでしょうね?
 
さて、井阪君の高知での研修はこの夏に終わることになっています。その後、きもつきにやってきてセツさん宅に同居するというのは難しいでしょうが、正直、彼にはうちの町に移り住んでもらいたいと思っています。
 
そして、セツさんを含む、ここに住む多くのお年寄りと触れ合ってもらい、多くを学んでもらうとともに、地域のために活躍してもらいたいものです。また彼がきっかけとなり、もっと多くの優秀な若者が外からきもつきに移り住んでほしいものです。というか、そういう流れをつくり出さなければいけません。
 
この地には、彼が吸収できるすばらしいものがまだ多く残っていると信じるし、ぼく自身も長年、外の世界で暮らしてきたがゆえに、実際そうだという気がします。それを彼のような前途ある若者たちと一緒に見つけ、学んでいければいければいいなと思っているところです。
 
難しいかもしれないけれど、なんとか実現させたいものです!

※東セツさんは2015年1月に永眠されました。ご冥福をお祈りします。 
 

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