本コーナーではコラムをはじめとして、きもつきを題材としたさまざまな読み物を用意しました。どうぞじっくり、ゆったりお楽しみください。
コラム(アーカイブ)
人工の光と自然の光
2012.12.25(火曜日)    有留修(ありどめ おさむ)
この間の早朝、いつものように隣町の温泉施設に出かけました。
 
冬の寒い日に朝早く起きて出かけるのは正直つらいのですが、温泉につかるとき、特に最初につかるときの気分は最高です。思わず、口から「あぁぁ~」と出てしまうくらいに気持ちがいい。それにお湯がまだ汚されずにいるのもいい。やっぱり冬場の朝風呂はサイコーです。
 
サウナで見た「ある光景」
 
それはさておき、その日の朝風呂ではちょっと考えさせられることがありました。サウナに入り、そこに置かれていたテレビ画面に「ある光景」が映っていて、それが自分の脳みそを心地よく刺激したのです。
 
何が映っていたかというと、それは東京駅で開催されている光のショーでした。朝の情報番組の中で紹介されたもので、東京駅の外壁に物語性のあるアニメーション画像を映し、音楽とともに光のファンタジーを楽しもうという催しでした(こちらでその映像がご覧いただけます)。
 
外壁の構造を考慮した実に見事な映像です。駅の前にはたくさんの人が集まり、その光のショーを楽しんでいます。携帯で写真を撮っている人も大勢います。
 
060530-1307tokyostation.jpg
残念ながら東京駅の光のショーの写真は手持ちがありません(これは2006年5月に撮影した東京駅)
 
まさに「都会的」と呼ぶにふさわしいイベントだと思いました。でも、それがうらやましいとか、それが見られない田舎に住んで残念だなという思いはありません。
 
十代の頃だったらそう思っていたかもしれませんが、すでに東京やロンドン、上海という大都市に長年暮らしたからでしょうか、それほど心が惹かれることはありません。
 
露天風呂で見た別の光景
 
いや、うらやましいと思わない理由には別の異なる次元での思いがあります。
 
それは、田舎ではこの光のショーのような人工的な光がない代わりに、別の光、つまり自然の光がある、という思いです。
 
実は、この光のショーをテレビ画面で見る直前(だったと思いますが......)、露天風呂から実に見事な自然の光のショーを見ることができました。文学的才能があまりないので、うまく描写できませんが、そのときの光景のすばらしさや神秘性といったら、とても言葉にはならないほどです。
 
露天風呂に立ち、南東の方角を見ると、目の前には国見山系の山並みがあり、その上には横長の雲が横たわっています。その雲には切れ目があり、その切れ目から太陽光線が差し込み、外界に光のシャワーを浴びせています(さすがに温泉にカメラを持ち込むわけにはいきませんので、そのときの写真はありません、残念ながら)。
 
121225sunsetHDR.JPG
息を飲むほどに美しい夕日(2012年7月撮影:加工済み)
 
さらにこの日の空でおもしろかったのは、空に浮かんでいる雲のうち、富士山のように見える巨大な雲があったということです。まさに朝日を浴びる富士山といった感じの光景を早朝の露天風呂で楽しめるとは何たるラッキー!
 
当然のことながら、見物料はほとんどタダです。入浴料として300円はかかりますが、露天風呂からの眺めについては追加料金がありません(それ込みでこの料金だったら安すぎます!)。
 
それがいわゆる「田舎暮らしの醍醐味」のひとつ、といえるのでしょうね。
 
見る側の感性を試す自然の光
 
要は、人工の光と自然の光、どっちを選ぶか、ということなんだと思います。自分の場合、都会での暮らしは好きでしたし、都会が嫌いで今田舎で暮らしているわけではありません。ただ、これまでさまざまな場所でさまざまな経験を経て、さまざまなことを学んだ結果として、今こうして田舎に暮らすという意識的な決断を下し、実際、暮らしているわけです。
 
つまり、好き嫌いの問題ではなく、あくまで自分自身の時代感覚や世界観、そして仕事観といったものが、自分をして今という時間軸において田舎暮らしを選ばせたわけです。
 
それをご理解いただいたうえで、さらにこの光について語るとすれば、今の自分であれば、選ぶのは断然、自然の光です。
 
その東京駅での光のショーを画面で見ながら思ったのですが、ああいう光、つまり人工的につくられた光はえてして刺激が強いものになりがちです。音楽がつくとさらに刺激が増します。
 
ところが、自然の光というのはどちらかというとジワーっという感じで派手さがなく刺激が薄い(もちろん、例外はあるでしょうが......)。医学にたとえるなら、「漢方的な光」といえそうです。
 
それだけに自然の光の場合は、受け手の感性が試されるといえます。実際、まわりを観察していると、せっかく目の前で見事な自然のスペクタクルが展開しているのに、それに気づいたり、写真を撮ったりしている人はあまり見当たりません。「そんなもの、いったいどこがいいのさ」とまでは思っていないでしょうが、気づいていないか、あるいは素通りです。
 
ああ、もったいない......そう思わずにはいられません。
 
121225sunset3HDR.JPG
自然の場合、ひとつとして同じ光景がありません(2012年6月撮影:加工済み)
 
ですから、自然の光の場合、刺激が少ないぶん、だれでもが楽しめるというわけにはいかないようです。低い刺激の光をキャッチするには、そのぶん、受け止める側のアンテナの感度がよくないといけないですからね。
 
だからこそ、自分はなおさら自然の光が好きなんだと思います。絶えず自分の感性を磨いていないとそれに気づかなくなる可能性があるからです。ある種の危機感が、そこにはあります。
 
目の前に現れた自然の光をちゃんと感じ、受け止めるだけの感性を自分は持っているのか――そうした問いを常に投げかけられる田舎での暮らしが今の自分にはあっているし、その感性を磨くことで自分と自然との一体感が深まるような気がします。また、それによって自然のエネルギーを受け取りやすくなり、その結果として心身のバランスもうまく保たれていくような気がします。
 
これからも感性を磨いていって、もっと貪欲に自然の光を受け止めていきたいと思います。
 

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