ここではきもつきの歴史講座のほか、方言講座などをご紹介します。
歴史探訪
第7回 宮下編 第2部 新福寺跡
2014.09.22(月曜日)     きもつき情報局
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。第7回宮下編の第2部では、新福寺跡を紹介します。

解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。



なお、以下の文章は解説を書き起こしたものですが、話し言葉のため、若干の加筆・修正が加えられています。

新福寺跡と言い伝え

ここは新福寺というお寺があった場所です。さっき見た桜迫神社の仁王像はここにあったはずです。

そこに由来が書いてあるんですが、そのなかで阿南(おなみ)御前のお墓であるとされている大きな五輪塔があります。

rekishitanbo7-2-setsumei.jpg
 新福寺跡に立つ石碑

このあたりではそういう言い伝えがあったようなのですが、阿南御前がこの宮下に来たという記録はありません。どうして、ここに住んでいたという話が伝わったのかはわかりません。

(言い伝えでは)そこの川で阿南御前が洗濯をしていたところ、カッパが出てきて子どもに悪さをしたそうです。そのカッパを阿南御前が捕まえて指を切って、その指が桜迫神社に残されているんだという伝説が残っているそうです。

ここにあるのは町内でも大きな五輪塔です。だれの五輪塔なのか、いつ建てられたのか、はっきりわかりません。

この脇にあるのは肝付氏の墓です。

rekishitanbo7-2-gorin.jpg
五輪塔と肝付氏の墓

宮下には宮下城という城跡がありました。ちょうど桜迫神社の上です。その堀の跡などが残っています。

城には肝付氏の家臣がおそらく来ていて、その人達がこのお寺のなかに墓を建てたものだろうと思います。

この上のほうが崩れて埋まってしまっていたのを掘り起こしてまとめたのがこれです。

関連する記事

関連する記事
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。ここからは第7回宮下編がスタ

きもつきの歴史をたどる歴史探訪。最終回の今回は前回に引き続き

きもつきの歴史をたどる歴史探訪。前回に引き続き、高山城跡につ

英語版ポータルサイトです
ポータルサイトを運営しているNPO法人のホームページです。

きもつき情報局で撮影・制作した動画をお楽しみください。
2017.02.16
木曜日
3月1日に第6回肝付町異業種交流サロンが開催されます。 詳しくはこちらへ。
2016.08.08
月曜日
肝付産の食材を扱う直売所が8月11日、新富地区の商店街にオープンします。 詳しくはこちらへ。
   
※このランキングは過去1か月以内のものです                       

肝付町の地域おこし協力隊メンバー5名によるブログです。