ここではきもつきの歴史講座のほか、方言講座などをご紹介します。
歴史探訪
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪。このシリーズ最終回となる、第8回 波見・野崎編の第3部では、波見を拠点に交易で活躍した重家について紹介します。解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。なお、以下の文章は解説を書き起こしたものですが、話し言
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪。第8回波見・野崎編の第2部では、轟滝近くにまつられている十一面観音について紹介します。轟の滝は夏場の水遊びスポットとしてにぎわう場所です。解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。なお、以下の文章は解説を書
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪。ここからは第8回波見・野崎編がスタートします。波見・野崎は肝属川河口周辺に位置し、交易の拠点のひとつとなっていました。波見・野崎編の第1部では、肝付町内で初期につくられた野崎の田の神を中心に田の神像について紹介します。解説は引き続き肝付町文化財保護
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。第7回宮下編の第4部では、笠野薬師寺跡(肝付町富山)を紹介します。解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。なお、以下の文章は解説を書き起こしたも
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。第7回宮下編の第3部では、神武天皇生誕の伝説にちなむ塚と石碑を紹介します。解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。なお、以下の文章は解説を書き起
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。第7回宮下編の第2部では、新福寺跡を紹介します。解説は引続き肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。なお、以下の文章は解説を書き起こしたものですが、話し言葉
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。ここからは第7回宮下編がスタートします。宮下編の第1部では、棒踊りやかぎ引きなどが伝わる桜迫神社を紹介します。解説は肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんです。
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。最終回の今回は前回に引き続き、高山城跡を取り上げ、本丸周辺の防戦のための構造について解説します。解説は引き続き肝付町観光協会ガイド部会部長で、肝付町生涯教育課が主催する講座「ふるさと探訪」
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。前回に引き続き、高山城跡について紹介します。解説は引き続き肝付町観光協会ガイド部会部長で、肝付町生涯教育課が主催する講座「ふるさと探訪」の講師を平成26年度から務める福谷平(ふくたに たい
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。前回に引き続き、高山城跡について紹介します。解説は引き続き肝付町観光協会ガイド部会部長で、肝付町生涯教育課が主催する講座「ふるさと探訪」の講師を平成26年度から務める福谷平(ふくたに たい
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。前回に引き続き、高山城跡について紹介します。解説は引き続き肝付町観光協会ガイド部会部長で、肝付町生涯教育課が主催する講座「ふるさと探訪」の講師を平成26年度から務める福谷平(ふくたに たい
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。前回に引き続き、高山城跡について紹介します。高山城の敷地は広範囲にわたっており、山の麓付近には馬場や家臣の住居があったといわれています。解説は引き続き肝付町観光協会ガイド部会部長で、肝付町
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。今回は番外編 第2部として、高山城跡について紹介します。高山城は中世において大隅の広い地域を支配した肝付氏の本拠地であり、一度も落城したことがない堅固な山城でした。解説は引き続き肝付町観光
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。今回は番外編 第1部として、高山城周辺に残る合戦場跡について紹介します。永正3年(1506年)に行われた、島津氏第11代忠昌による高山城攻めは2カ月以上にわたる激戦で、その痕跡である陣跡や
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪。第5回都城・末吉編の第2部では、肝付氏の勢力弱体化の原因となったといわれる国合原(くにあいばる)の合戦で討ち死にした肝付竹友の墓について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(か
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪。ここからは第5回都城・末吉編がスタートします。島津氏とのかかわりの深い宮崎県都城市周辺は、戦国期には島津氏や肝付氏、伊東氏などの勢力争いの舞台となりました。都城・末吉編の第1部で
きもつきの歴史をたどる歴史探訪の第4回岸良編の第3部では、肝付氏から分家し岸良を治めていた岸良氏について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章は解説を書き
きもつきの歴史をたどる歴史探訪の第4回岸良編の第2部では、テコテンドンやナゴシドンといった貴重な伝統行事の残る平田神社について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。ここからは第4回岸良編がスタートします。岸良は、文永11年(1274年)、肝付氏の第4代兼員(かねかず)の次男・兼基(かねもと)が領地を譲られ、岸良氏を名乗って治めるようになった土地で、肝
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第3回内之浦編の第6部では、熊襲征伐に訪れた景行天皇とゆかりがあるといわれている小田の楠について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えし
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第3回内之浦編の第5部では、かつて港に設けられていた津口番所跡について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章は解
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第3回内之浦編の第4部では、内之浦小学校近くにある松林の中の砲台跡について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第3回内之浦編の第3部では、肝付氏から分家したといわれる内之浦氏について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章は
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第3回内之浦編の第2部では、高屋(たかや)神社や景行天皇の伝説などについて肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章
きもつきの歴史に触れる歴史探訪。ここからは第3回内之浦編がスタートします。内之浦はかつて中国などとの交易の要所として栄えた港町で、倭寇の本拠地のひとつであったともいわれています。内之浦編の第1部では、この地区の田の神像の
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第8部では、盛光寺跡にある歴代肝付氏の供養塔について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。なお、以下の文章は解説を
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第7部では、昌林寺跡の墓地に残っている島津家にかかわる人物の墓などについて肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えします。な
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第6部では、江戸時代の郷士の住居として国の重要文化財に指定されている二階堂家住宅(自民党の代議士、故二階堂進氏の生家)について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第5部では、寛文年間(1661年~1671年)に島津図書久通によってつくられた高山用水路について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第4部では、四十九所神社(しじゅうくしょじんじゃ)と弓張城(きゅうちょうじょう)を築いた楡井頼仲(にれい よりなか)について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第3部では、江戸時代に薩摩藩が許可を与えて商業が営まれていた地区、「野町」について肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんの解説でお伝えし
きもつきの歴史について学んでいく歴史探訪の第2回高山編の第2部では、江戸時代に木曽川の治水工事で大きな功績のあった薩摩藩の家老、平田靱負(ひらた ゆきえ)とその一族の墓について、肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(か
今回の歴史探訪では前回に引き続き「湛水院の供養塔」の後編をお届けします。解説は肝付町文化財保護審議会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんで、後編では、高山用水路の開発を受けて始まった薩摩半島から大隅半島への移住や
きもつきの歴史をたどる歴史探訪。ここからは第2回高山編がスタートします。高山とは旧高山町を指し、16世紀後半まで大隅一帯を治めていた肝付氏が居城を置いていたところで、さまざまな史跡にめぐまれたところです。高山編の第1部で
きもつきの歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第7部では、肝付氏と垂水を治めていた伊地知氏の関係について解説します。今回訪れたのは肝付町塚崎の池の近くの林で、かつては宝泉庵と思われるお寺があったところです。敷地内
きもつきの歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第6部では、鹿児島県から宮崎県の一部にかけて分布する特色のある田の神像について解説します。今回もまた、肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さ
きもつきの歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第5部では、肝付氏四代兼員の三男で野崎を治めることになった兼弘の供養塔について解説します。講師は、肝付町文化財保護審議会会長、海ケ倉善通(かいがくら よしかず)さんで
きもつきの歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第4部では、肝付町を代表するパワースポットでもある塚崎の大クスについて解説します。巨大でありながらも、どことなく優しさを感じさせてくれるこの大クス――さていったいどの
きもつきの歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第3部では、引き続き肝付町生涯学習課が町民向けに行う「ふるさと探訪」から、塚崎古墳群にある前方後円墳に関する解説をお届けします。講師は肝付町文化財保護審議会の海ケ倉善
きもつきの豊かな歴史について紹介する歴史探訪の第1回塚崎編の第2部では、肝付町立歴史民俗資料館に展示されている塚崎古墳群などからの出土品に関する解説をお届けします(なお、下の文章は解説を書き起こしたものですが、話し言葉の
古代の古墳群から武家時代の流鏑馬、そして太平洋戦争末期の戦跡まで、幅広い時代の史跡や物語に恵まれたきもつき――そんなきもつきの豊かな歴史について紹介するのが、この歴史探訪のコーナーです。ここでは主に肝付町生涯教育課が主催
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きもつき情報局で撮影・制作した動画をお楽しみください。
2017.02.16
木曜日
3月1日に第6回肝付町異業種交流サロンが開催されます。 詳しくはこちらへ。
2016.08.08
月曜日
肝付産の食材を扱う直売所が8月11日、新富地区の商店街にオープンします。 詳しくはこちらへ。
   
※このランキングは過去1か月以内のものです                       

肝付町の地域おこし協力隊メンバー5名によるブログです。