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きもつきレポート
肝付氏の始まりに新たな仮説提唱
2015.05.21(木曜日)     きもつき情報局
第3回「高山歴史研究会」が5月16日、肝付町文化センターで開かれ、町内外から歴史愛好家13名が参加しました。

今回は「肝付氏の初期の頃」をテーマに、肝付町の歴史を研究している平田好二さんが大隅史談会において発表した「伴姓肝付氏の系譜」をもとに肝付氏のはじまりについて話しました。

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肝付氏について説明する平田さん

これまで、肝付氏の始祖、伴兼行が薩摩に下向したのが安和2年(969年)とされ、その曾孫の兼俊が肝付氏を名乗ったとされていました。さらに、兼俊の子、兼経は県久8年(1197年)に当主だったという記録があり、兼行と兼経の記録の間は228年間あって、時代が開きすぎていると指摘されていました。

(肝付氏系図)(一部のみ)
伴 兼行(969年)―行貞―兼貞―兼俊(肝付姓を名乗る)―兼経(県久8年・1197年に当主)―以下略

平田さんは、伴兼貞(兼行の孫)が平季基の孫娘の婿として1080年頃に当主であったと推定できること、近年公開された隈本肝付氏の記録(隈本肝付氏系譜)などから兼行の3代前の仲用が安和2年に下向し(都を離れ)、その後、薩摩に住み着いたのが兼行で、兼行は1040年頃に当主だったのではないかとこれまでの定説をくつがえす仮説を紹介しました。

(伴氏系図)(一部のみ)
伴 仲用―仲兼―兼遠―兼行―以下略

また、900年代以降に奄美・琉球などの南島貿易の中継点として大隅地域が開発されていったことなどの説明もあり、参加者は興味深そうに聞き入っていました。

同会会長の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんは「隈本家の文書が出てきたことで、わかってきたことがあり、肝付氏の歴史に光が入って来たようなものです。今回の話は大変貴重です」と話しました。

※次回の高山歴史研究会は7月18日に開催される予定です。

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