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伝統文化紹介
「神武天皇生誕の地」で復活した伝統の舞い
2013.03.19(火曜日)     きもつき情報局
肝付町には塚崎の古墳群をはじめとして古代日本につながる史跡がいくつかあります。古代史に興味のある方はもちろん、いわゆるパワースポット好きな人にとっても見どころたくさんの町といえます。
 
そんな古代のロマンを感じさせてくれる肝付町にあって、北西に位置する宮下(みやげ)地区は、日本の初代天皇、神武天皇の生誕地とする言い伝えが残る特別な場所です。
 
地区内には、神武天皇の胞衣(えな=胎児を包んでいた膜や胎盤)を納めたとされるイヤ塚のほか、神武天皇の父、ウガヤフキアエズノミコトの宮居(みやい=皇居)であった西洲宮(にしのくにのみや)跡、さらには母親の玉依姫(たまよりひめ)が産屋の棚を設けさせ、神武天皇を産んだとする水神棚などがあり、それを記念する石碑も建っています。
 
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付近の史跡を説明した案内板
(ちなみに宮富とは宮下と隣接する富山地区を合わせた名称)
 
今回ご紹介するきもつきの伝統文化は、そんな神武天皇とのゆかりの深い宮下地区にある桜迫神社の春の例祭で五穀豊穣、家内安全を祈願して奉納される棒踊りとかぎ引きです。
 
踊り手不足で5年ほど途絶えていましたが、その存続を願う宮下棒踊り保存会の人たちを中心とした地域住民の働きかけで昨年(2012年)復活。今年もまた桜の花が咲き始めた3月17日、地域に踊り手たちの元気なかけ声と棒のあたる音が響き渡りました。
 
 
 
例祭が始まったのは午後12時半過ぎ。まずは神事からです。
 
おごそかな雰囲気の中、今年本厄と還暦を迎える地域住民に交じって踊り手も何名かおはらいを受けました。本来であれば、代表一人が受けるはずですが、今年はたまたま踊り手の中に厄年を迎えたメンバーもいたとのことでした。
 

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 踊りの前に執り行われた神事
 
一通り、社殿内での神事が終わると次はいよいよ踊り手の登場です。神社につながる道を二列になって行進してきた4名の唄い手と18名の踊り手は神社前で鳥居をくぐり、社殿前で神主に迎えられ、おはらいを受けます。
 

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見物客が見守る中、神社に向かって歩く唄い手と踊り手
 
そのころになると、社殿のまわりには見物客が集まって来ています。
 
踊りを見に来ていた地域の住民の一人は、「これがないと春が来たとは思えません。(踊りを)再開してくれてとてもうれしいです」と伝統行事の復活を喜んでいる様子です。
 
踊り手は、集まってきた見物客を前にして、まずは社殿に向かって境内の右側、その後は左側で踊りを披露します。踊り手は長さ約1.4メートルの棒を上下左右、複雑に操り、お互いの棒に打ち当てていきます。あたりには棒と棒が当たる小気味よい音と抑揚のきいた唄が響き、祭りの雰囲気をさらに盛り上げていきます。
 
この宮下の棒踊りは、明治44年に保存会の宮内孝二会長の祖父が薩摩半島から伝えたもので、浅山流と呼ばれるものです。郷土史家によると、農民武装の意味合いもあるということで動きが複雑で男性だけが踊るとされます。それに加えて、まわりとの連携も重要な要素です。これだけ洗練された踊りとなると、やはり大人でないと難しそうです。
 
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洗練された動きを見せる踊り手
 
ときおり、唄い手に花代を渡す人がいて、そのたびに渡した人の名前を読み上げ、お礼の意味を込めて踊りが披露されます。そういったところからも地域の人たちが大切にしている伝統行事なのだということがわかる気がします。
 
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手に持っているのは明治44年と記されたのぼり
 
踊り終わると、次は、あらかじめ山から切り出しておいた2本の木を鳥居前まで運んできて、かぎ引きを行います。2本の木をからませて保存会のメンバーが二手に分かれ、「せーの」というかけ声と太鼓の合図でスタートです。
 
踊り前の神事で還暦と本厄でおはらいをした人たちも途中から加わって、計3回の勝負が行われましたが、勝った方も負けた方も最後は笑顔でお互いの健闘をたたえ合っていました。
 
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力が入ります
 
次は、かぎ引きで使用した木の枝を使った農耕神事です。葉のついた枝を折り、それを畑の肥料に見立てて地面にたたきつけます。ある程度たたいたら天高く放り投げ、それが地面に落ちると、ばらばらに散らばった状態になりました。
 
すると今度は社殿の倉庫から木製の牛を引き出し、その牛で木の枝が散乱している「田んぼ」に見立てたところを耕していきます。本来であれば、この後に「田の神さぁ」(役の人)が出てきてユーモラスな語りで見物客を大いに楽しませてくれるところですが、あいにく今年は演技者が不在ということで祭りのお楽しみはおあずけとなりました。
 
それがいったん終わると、そこに神主が種をまきながら五穀豊穣を祈願していきます。
 
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 なかなかよくできた木製の牛
 
最後に神社の正面に移動した踊り手たちが再び棒踊りを奉納。そこから学校の校庭、そして一般家庭へと移動して踊りを披露していきました。
 
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宮富小学校の広い校庭でも踊りを披露
 
関係者によるとまわるのは全部で30軒ほどの家。すでに何度も踊り、体力を消耗しているほか、アルコールも出されるため酔いもまわってきています。見ているだけで大変そうです。
 
それでも踊り手たちがやってくるのを楽しみにしている人たちが待つ家々をまわりながら踊りを披露する18名のメンバー。さすがに疲れは見えるものの、意気軒昂、実に楽しそうです。
 
踊りが披露された家の主人は、「棒踊りがある年は、毎回来てもらっています。しばらく途絶えた時期があった分、復活してうれしさも倍増です」と話していました。
 
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 家族総出で棒踊りを見守ります
 
宮下の人々に支えられながら復活を遂げた大切な棒踊りとかぎ引き。肝付町に残る大事な伝統文化の一つとして、これからも末永く続いていってほしいものです。
 

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